いやいや朝起会を続けている妻の夫のブログ

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zoom RSS 「実践倫理宏正会って何?」で「武蔵(笑)」が独白

<<   作成日時 : 2010/10/29 00:16   >>

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 「実践倫理宏正会って何?」にて、久しぶりに「武蔵」君が登場し、かっこいい独白を続けている。どう読んでも「武蔵」くんの文章である。HNは「匿名」だけどね(笑)


 懐かしいなあ〜(笑) アホ遠方より来たる。楽しからずや。である。

 せっかくだから、ぐぐってクリックしてあげてください。グーグルのトップページに早く復帰できるように彼女を応援してあげましょう。


 「武蔵」くんは、「いや夫」が(「武蔵」自身のサブキャラによる攻撃の後に)最初に討論した論客である。「太陽神」とともに、かのブログで一二を争う博識である。「いや夫」登場以前は、かのブログのお山の大将であった。2ちゃんねるの「否会友」と同じである。

 かのブログを初めて読んだ人は、「武蔵(今は匿名)」は賢いんだなあと思うことだろう。彼女は、討論相手がいないときの独白の力はピカ一である。その才能は認めよう。

 しかし、「いや夫」相手の討論は、めろめろだ。「経済」論争のときのこ奴のへぼさにはがっかりした。「いや夫」の相手にとって、全く不足なので、かのブログには投稿したらんことにして、今に至っている。


 今さらですが、こ奴は成りすましの常習者で、いろいろなキャラをつかって、否定派がさも多そうに装うといる姑息な奴なので、「いや夫」にその正体をすっかり暴かれ、否定派の恥さらしなのです。いろいろなキャラを使い分けながら、ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと独白を続けていた奴なので、今も気持ちよく独白を続けているのです。憐れすぎます。


 もっとも、以前から、かのブログを読んでいる方はご存じのように、今独白を続けている「武蔵」くんは、実は「サイコばばあ」である。そんなことは当たり前田のクラッカーなのだが、もったいぶって解説しています。今回は、「、」有り投稿を心がけていますが、「、」なし投稿がトレードマークの「サイコばばあ」=「オオカミおばさん」なのです。


 ちょっと論理的な文章を書けると思って、えらそうに書いてしまう変質者ですので、騙されないでください。

 こやつはヒッチコック映画の「サイコ」に出てくる二重人格の殺人狂みたいな奴だということがばれています。だから、彼女のホテル(ブログ)には、誰も泊まろうと(投稿しようと)しないのです。超危険人物なのです。


 でも、せっかくだから、彼女の労作に少し反応してあげましょう。武士の情けです。

 [朝起会] 投稿 匿名 | 2010.10.26 06:45 午前

 「サイコばばあ」の主張:「ひとのみち」の行っていた朝起会を実践倫理宏正会がまねた。
 「いや夫」コメント:その通りだよ。真似ちゃいけないの?みんなが全員集まれるのは、朝だけだよ。みんな仕事や家事で忙しいんだよ。「夕方会」なんて成立すると思う?


 [みそぎ] 投稿 匿名 | 2010.10.27 07:01 午前

 「サイコばばあ」の主張:「ひとのみち」の行っていた「みそぎ」を宏正会がまねた。
 コメント:その通りだよ。いいものはいいから、引き継ぐ(真似る)の。何がいけないの?みそぎをやってはいけないの?他の宗教にもいちゃもんつけたら?
 貴様は宏正会をさぐるために潜入しているんだろ?
だったら、せめて一ヶ月くらい「みそぎ」を毎日続けてみろよ。
批判するなら、そこまでやってみろ。
自分ができもせんことを批判するな。


 [時間像] 投稿 匿名 | 2010.10.28 06:58 午前
 「いや夫」コメント 何がいいたいんだが、よくわからんが、似た様なことを両組織が言っているということらしいな。やけに詳しいの〜。(笑)さすが、倫理研究所信者よの〜。「じ・か・ん・ぞ・う〜???」何、それ?
いずれにせよ、この投稿は実にしょうもない。もうネタが尽きたのか?



 以上、「サイコばばあ」の労作も、「いや夫」にとっては、駄作である。


 実践倫理宏正会は、「ひとのみち」から派生した「倫理修養団体」である。
以上、終わり。 である。



 「サイコばばあ」のところの「倫理研究所」はそのことを組織の歴史として公表していて、実践倫理宏正会は表だっては公表していないことが、許せないらしい。けつの穴の小さい奴(組織)である。


 倫理研究所創設者の丸山敏雄氏は、「ひとのみち」にどっぷりつかっていた。約7年間活動し、准教祖の一人に抜擢されるまでになっていたのである。この事実を隠すことなどできない。「ひとのみち」を支えた人物の一人なのである。


 一方、実践倫理宏正会創設者の上廣榮治先代会長先生が「ひとのみち」に所属したのは、わずか一年あまりで一講師(アルバイト店員のようなもの)に過ぎない

 宗教から脱した新しい組織をつくることを目標としていた上廣榮治氏にとって、「ひとのみち」に所属していた一年間は、誇るべきことではないのである。例えるなら、予備校通いの一年間みたいなものだ。出身大学を自慢する奴はいても、「俺、代ゼミ出身なんだ〜」って自慢する奴はおるまい。

 そもそも、自分自身の思想の方が、「ひとのみち」を上回っているのだから当然である。予備校講師よりも、上廣榮治先代会長先生は、勉強熱心だったのである。もちろん、「ひとのみち」にも、当然良い点はあるので、それは真似ただけである。別に、とやかく言われるべきことではない。

 まあ、協力関係にあった丸山敏雄氏も、「ひとのみち」を真似た部分も多いので(後述)、上廣氏も真似たのだろう。良いものは良いのである。ただそれだけである。

 しかし、「ひとのみち」は「うなぎ屋(宗教)」、「倫理研究所」や「実践倫理宏正会」は「牛丼屋(非宗教)」なので、まったく異なる部分の方が多いのも事実である。



 たとえば、今回「サイコばばあ」が教えてくれた「ひとのみち」の「元訓6カ条」(ふ〜ん、そんなのがあるんだ〜。「いや夫」が調べても全然知らないことを知ってるんだね〜。)「人訓21カ条」と、宏正会の「朝の誓い」を比べてみよう


<「ひとのみち」関連>

元訓6ヶ条

(1) かみは万象の根元なり
(2) きみは国土の主権なり
(3) ひとはかみの表現なり
(4) 夫はうます力の持主なり
(5) 婦はうむ力の持主なり
(6) 世はかみわざの実現なり

人訓21ヶ条

(1) かみ[神]は一体である ばんしん [万神]なきことを知れ
(2) かみ[神]は国のたからである
(3) 陛下は国民の親でる
(4) 親の心はかみ[神]の心である
(5) 世の中にいきるものの元はみず[水]である 其のもとはひ[日]である
(6) 天地は一切のものを育て大きくする
(7) 世の中の一切のものは かげひ[陰陽]でもつ
(8) 世の中にあらわれたる一切のものは 皆ひとをいかす為にうまれたるものと知れ 
(9) 宇宙に顕れたる一切のものはみち[道]としれ
(10) 世は鏡 ひとは鏡 子は鏡である
(11) ひとは万物の霊長である ひとより尊きものはないことをしれ
(12) ひとは天性を働かし中間を守れよ
(13) 何事も其元を忘れず行へよ
(14) 何事も約束を違へるな
(15) 己を虚しくして ひとを尊むぶし
(16) 何事も行はぬが故に苦痛となり 行なえば苦痛とならぬ
(17) 怒り急ぐ憂へ悲しむは物事を崩す
(18) 苦痛は善悪のさかひ[境]と知れ
(19) 幸福は己を捨つるにあり
(20) 何事も悟ると共に働かせよ
(21) 国を尊び家を大切にし 身を堅固にせよ

 かみ[神]が7回もでてくる=宗教

 
<「実践倫理宏正会」関連>

「五つの誓い」

今日一日 三つの恩(注1)を忘れず 喜んで進んではたらきます

今日一日 人の悪をいわず 己の善を語りません

今日一日 気付いたことは 身がるに直ぐ行います

今日一日 腹を立てず 不足の思いをいたしません

今日一日 三つの無駄(注2)を排し 新しく大地に生き貫きます

1.親の恩・師の恩・社会の恩
2.物の無駄・時の無駄・心の無駄

 かみ[神]は一回も出てこない=非宗教


 読み比べていただければ、自明の通り、上記の教えには、ほとんど共通点はない。ハイライト部分が多少似ている程度で、実践倫理宏正会の5つの誓いは、「ひとのみち」とはまったく異なる教えであり、オリジナリティーにあふれているのである。



 「サイコばばあ」が所属する「倫理研究所」はどうだろう?

<倫理研究所関連>

<倫理研究所  万人幸福の栞十七カ条>

第一条 今日は最良の一日、今は無二の好機

第二条 苦難は幸福の門

第三条 運命は自らまねき、境遇は自ら造る

第四条 人は鏡、万象はわが師

第五条 夫婦は一対の反射鏡

第六条 子は親の心を実演する名優である

第七条 肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号

第八条 明朗は健康の父、愛和は幸福の母

第九条 約束を違えれば、己の幸いを捨て他人の福を奪う

第十条 働きは最上の喜び

第十一条 物はこれを生かす人に集まる

第十二条 得るは捨つるにあり

第十三条 本を忘れず、末を乱さず

第十四条 希望は心の太陽である

第十五条 信ずれば成り、憂えれば崩れる

第十六条 己を尊び人に及ぼす

第十七条 人生はの演劇その主役は己自身である


 あちゃ〜、最後の第十七条で「」を書いちゃった!宗教はやめたんじゃないのかい?


 上記色づけした部分は、「ひとのみち」の言い換えに過ぎない。「倫理研究所」の方が、「ひとのみち」の影響をより色濃く残しているのである。21を17に絞ったところで、そんなに違いは生まれないのである。だいたい17もあったら、栞でも見ないと唱えられないだろ?(何も見ずに暗唱できる宏正会の5つの誓いの方が、すっきりしてよいのでは?すぐに思い出せるし。)

 というように、「サイコばばあ」は、自分では宏正会を攻撃しているつもりが、結果として、己が愛して止まない「倫理研究所」の名誉を傷つけることに終始しているのである

 倫研信者が、「ひとのみち」がどうのこうのと攻撃するのは、己の首を絞める自殺行為なのである

 成りすましが下手くそな「サイコばばあ」は、いつも尻尾が見えていた。今も、どんな理論を「いや夫」にぶつけてこようと、毎回毎回カウンターパンチをくらっているのである

 いいかげん、気づけ。

 でも、構わないから、せっせと独白を続けて、グーグルトップページに返り咲け。「いや夫」も望む所である。

 「サイコばばあ」の狂言など、痛くもかゆくもない。(「いや夫」には。実践者は違うかもしれないが。)



 

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