いやいや朝起会を続けている妻の夫のブログ

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zoom RSS 「サイコばばあ」の攻撃を、真っ向から受けてあげよう

<<   作成日時 : 2010/11/07 22:38   >>

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 誰からも無視されながら、「実践倫理宏正会って何?」で独白を続けている「サイコばばあ」に反応してあげよう。

 やさしいなあ〜、「いや夫」は。

 彼女のアホな攻撃は下記。

(引用開始)

「ひとのみち」の神とは、「無定形なアニマ的力」であり、「ひとのみち」は宗教としては呪術レベルのものであることについては、「宗教の起源」について考える際に述べる。

その前に、「ひとのみち」の[時間像][空間像][生活態度]について述べた際に触れたことであるが、「ひとのみち」の「教義」についてもう少し詳しく見ていく。

教義としては、大宇宙の原則であると同時に世の中に生きていく人々の生活道を示したものとされる「宇宙の元則」(元則6か条)と「人訓21か条」、さらに「教育勅語」がある。
そして、実際に信者が行なうべき信仰実践として「神宣」(みおしえ)の実行があった。
これは「神示」(みしらせ)[人間に現われる病気、怪我、災難など、本人が苦痛と感じられるものの原因をその人間の心癖に求め、それに対する神の警告]と対になっていて、この神示を解決するためにあるべき心の持ち方や行いを示したものが「神宣」であった。
これは教祖や教師[布教師のこと]のなかでも心境が進み、教祖の意思を悟るとされた准祖が示した。
病気や事故など、その神示の内容が緊急の場合には、その苦痛を本人の代わりに一時的に教祖や准祖に引き受けてもらう「お振替」(おふりかえ)があった。
生活上の具体的なアドバイスを教師が信者に個人的に行なう「おみちびき」もあり、このようなお振替の実行の容易さや神宣の解説、「おみちびき」は、当時において都市化につれ核家族が広がり、互助組織のなかった都市中間層の人々に受容される要因の一つであった。

実践倫理宏正会では、「お振替」はないが、「神示」は「生活の赤信号」という言葉で表し、「神宣」「おみちびき」と同様の事は「生活指導」と言葉を変えて、講師または幹部会員が行なっている。
「ひとのみち」直系の「PL]では、「みしらせ」「みおしえ」は「ひとのみち」と全く同じであるが、「お振替」は行なわれていないので、実践倫理宏正会と同じと云うことができる。

投稿 匿名 | 2010.11.05 07:03 午前

(引用終了)

 左団扇で反論できる攻撃である。

 下記の投稿からの引用で十分なのだ。

 「実践倫理宏正会」誕生前の先代会長が関わった宗教組織について(『新宗教辞典』弘文堂より)

 貴様がどんな攻撃をしかけようと、毎回毎回返し技でひっくり返されているのだ。いいかげん気づけ!貴様はマゾか?マゾのおばはんにおつきあいするほど、「いや夫」は暇ではない。

 ぐぐって3面に落ちたら、貴様はもう無視だ。

(全体引用開始)

「いや夫」補足
 以上のように、「実践倫理宏正会」は「ひとのみち系」の教えを取り入れながら、「修養団体」として新しく誕生した組織です。同じ様な組織として、「倫理研究所」があり、やはり、「ひとのみち系」の教えを取り入れながらも、特定の神をたてることが排他性につながるという考えから、あえて宗教色を脱しようとしました。

 なお、「倫理研究所」には、会長が会員の危急の苦難を身代わりするという思想を継承しましたが、「実践倫理宏正会」には、そのような教えは存在しません。「実践倫理宏正会」は「倫理研究所」以上に、宗教色を排していると言えるでしょう。 

 (「いや夫」注:あいも変わらず、墓穴を掘りまくる「サイコばばあ」である(笑)。「倫理研究所」こそ、「お振替」(おふりかえ)をそのまま継承しているのだ!前述の攻撃は、自らが愛する「倫理研究所」を攻撃する自傷行為なのである。「サイコ&マゾばばあ」である。おお〜気持ち悪い!)

 そもそも、この本でも触れているように、「徳光教−ひとのみち系」は、純宗教というよりも「類似宗教」と分類される面をもっています。それは、
(引用開始)
人格神の観念はもともと希薄であり、宇宙の運行や人間の運命を宇宙に内在する自然的−倫理的理法(みち)の働きによって理解する傾向が強かったからである。また教えの内容もはじめから神学的・形而上学的なものはあまり含んでおらず、もっぱら日常的倫理実践や生活心得が説かれたのであった。徳光教−ひとのみちの伝統自体にこうした倫理運動として展開されうるような可能性が少なからず内包されていたとみなすこともできるのである。
(引用終了)
からです。

 よって、「実践倫理宏正会」は無理なく「修養団体」として発足し、さらには「社団法人」として、今日の発展を築くことができたのです。

 「実践倫理宏正会」の教えには、徳光教−ひとのみち系の教えが入っているのは事実です。それは、「大自然の摂理」は、万人共通のものであり、教義を超えて、倫理にかなったものはすべて吸収したからだとも解釈できます。

 一方、「実践倫理宏正会」の独自性については、各会派の箇条書きの教えを比較することで、それぞれの類似性、独自性が明らかになるものと思います。
 「実践倫理宏正会」が独自性をもっていることは明らかでしょう。


 それぞれの会派は、世のため人のためと活動していることでしょうから、いがみあうのではなく、互いの健闘を称えて、独自の道を進めばよいと思います。

(全体引用終了)

 そして、「サイコばばあ」が調べてくれた「ひとのみち」の「人訓21カ条」と、宏正会の「五つの誓い」の違いを見比べればいい。全く別の組織だ。「倫理研究所」の方が、「ひとのみち」にそっくりだ。当たり前である。倫理研究所創始者の丸山敏雄は、「ひとのみち」の准教祖だ!

 「実践倫理宏正会って何?」で「武蔵(笑)」が独白

 より

(全体引用開始)

<「ひとのみち」関連>

元訓6ヶ条

(1) かみは万象の根元なり
(2) きみは国土の主権なり
(3) ひとはかみの表現なり
(4) 夫はうます力の持主なり
(5) 婦はうむ力の持主なり
(6) 世はかみわざの実現なり

人訓21ヶ条

(1) かみ[神]は一体である ばんしん [万神]なきことを知れ
(2) かみ[神]は国のたからである
(3) 陛下は国民の親でる
(4) 親の心はかみ[神]の心である
(5) 世の中にいきるものの元はみず[水]である 其のもとはひ[日]である
(6) 天地は一切のものを育て大きくする
(7) 世の中の一切のものは かげひ[陰陽]でもつ
(8) 世の中にあらわれたる一切のものは 皆ひとをいかす為にうまれたるものと知れ 
(9) 宇宙に顕れたる一切のものはみち[道]としれ
(10) 世は鏡 ひとは鏡 子は鏡である
(11) ひとは万物の霊長である ひとより尊きものはないことをしれ
(12) ひとは天性を働かし中間を守れよ
(13) 何事も其元を忘れず行へよ
(14) 何事も約束を違へるな
(15) 己を虚しくして ひとを尊むぶし
(16) 何事も行はぬが故に苦痛となり 行なえば苦痛とならぬ
(17) 怒り急ぐ憂へ悲しむは物事を崩す
(18) 苦痛は善悪のさかひ[境]と知れ
(19) 幸福は己を捨つるにあり
(20) 何事も悟ると共に働かせよ
(21) 国を尊び家を大切にし 身を堅固にせよ

 かみ[神]が7回もでてくる=宗教

 
<「実践倫理宏正会」関連>

「五つの誓い」

今日一日 三つの恩(注1)を忘れず 喜んで進んではたらきます

今日一日 人の悪をいわず 己の善を語りません

今日一日 気付いたことは 身がるに直ぐ行います

今日一日 腹を立てず 不足の思いをいたしません

今日一日 三つの無駄(注2)を排し 新しく大地に生き貫きます

1.親の恩・師の恩・社会の恩
2.物の無駄・時の無駄・心の無駄

 かみ[神]は一回も出てこない=非宗教


 読み比べていただければ、自明の通り、上記の教えには、ほとんど共通点はない。ハイライト部分が多少似ている程度で、実践倫理宏正会の5つの誓いは、「ひとのみち」とはまったく異なる教えであり、オリジナリティーにあふれているのである。



 「サイコばばあ」が所属する「倫理研究所」はどうだろう?

<倫理研究所関連>

<倫理研究所  万人幸福の栞十七カ条>

第一条 今日は最良の一日、今は無二の好機

第二条 苦難は幸福の門

第三条 運命は自らまねき、境遇は自ら造る

第四条 人は鏡、万象はわが師

第五条 夫婦は一対の反射鏡

第六条 子は親の心を実演する名優である

第七条 肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号

第八条 明朗は健康の父、愛和は幸福の母

第九条 約束を違えれば、己の幸いを捨て他人の福を奪う

第十条 働きは最上の喜び

第十一条 物はこれを生かす人に集まる

第十二条 得るは捨つるにあり

第十三条 本を忘れず、末を乱さず

第十四条 希望は心の太陽である

第十五条 信ずれば成り、憂えれば崩れる

第十六条 己を尊び人に及ぼす

第十七条 人生はの演劇その主役は己自身である


 あちゃ〜、最後の第十七条で「」を書いちゃった!宗教はやめたんじゃないのかい?


 上記色づけした部分は、「ひとのみち」の言い換えに過ぎない。「倫理研究所」の方が、「ひとのみち」の影響をより色濃く残しているのである。21を17に絞ったところで、そんなに違いは生まれないのである。だいたい17もあったら、栞でも見ないと唱えられないだろ?(何も見ずに暗唱できる宏正会の5つの誓いの方が、すっきりしてよいのでは?すぐに思い出せるし。)

 というように、「サイコばばあ」は、自分では宏正会を攻撃しているつもりが、結果として、己が愛して止まない「倫理研究所」の名誉を傷つけることに終始しているのである

 倫研信者が、「ひとのみち」がどうのこうのと攻撃するのは、己の首を絞める自殺行為なのである

 成りすましが下手くそな「サイコばばあ」は、いつも尻尾が見えていた。今も、どんな理論を「いや夫」にぶつけてこようと、毎回毎回カウンターパンチをくらっているのである

 いいかげん、気づけ。

 でも、構わないから、せっせと独白を続けて、グーグルトップページに返り咲け。「いや夫」も望む所である。

 「サイコばばあ」の狂言など、痛くもかゆくもない。(「いや夫」には。実践者は違うかもしれないが。)


(全体引用終了)


 こんな信者(「サイコ&マゾばばあ」のこと)をもってしまった倫理研究所がかわいそうである。

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なるほど(納得、参考になった、ヘー)

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
いや夫さん グーグル ダントツ2位 おめでとうございます。
世の中を善くしようと、はたらく人がもっと増えればいいのですが・・・・
自分の事しか考えない人が多すぎて、困ります。今こそ何が必要なのか、行動していくしかないのですね。
ネットの功罪はあるのですね。

2010/11/10 08:03
 応援ありがとうございます。私のような単なる競馬好きの凡人が、宏正会を擁護しているのはおこがましいですが、認めてくださる方もいてありがたいです。きちがいが中心の否定派の相手は、「いや夫」のような嫌みな人間があっていたのでしょう。ほそぼそとネット上で落書き消しを続けます。
いや夫
2010/11/10 19:44

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