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zoom RSS 陸山会不当判決を可能にした、簡単な方法

<<   作成日時 : 2011/09/27 22:14   >>

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植草一秀氏のブログで、判決をコントロールする簡単な方法が紹介されている。

2011年9月27日 (火)本性剥き出し米官業利権複合体による不当判決
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-29b8.html

(引用開始)
 裁判をコントロールすることは極めて容易である。コントロールしたい事案を担当する裁判官に、権力の意向に従順な人物をあてがえばよいのである。
 
 裁判官のなかには、最高裁事務総局の指導に従わない、自分の良心に従って行動する気骨のある人物も存在する。人事評価での不利を承知の上で、良心に従い憲法と法律にのみ拘束されて職権を行う、本来の正しい姿勢を持つ裁判官が、適正な判決を示すのである。
 
 しかし、政治的な背景を持つ事案について、政治権力が裁判を支配しようと考える場合には、権力は担当判事に権力の意向に従順な人物をあてがえばよいのだ。極めて簡単なことである。
 
 何よりも重要なことは、この意味で、裁判所の判断にはほとんど意味がないということだ。この最重要の事実をしっかりと認識することがもっとも重要なのだ。

(引用終了)

 なるほど、こんなに簡単に冤罪を作り出すことができるのだ。権力に従順な裁判官を、裁判長に指名すればよいのだ。実に簡単だ。登石郁郎裁判長には、司法界一の従順な裁判官として白羽の矢が立ったということか。
 きっとこういう愚鈍な人間ほど、着実に出世の「石」段を「登」って「郁(いく)」のだ「郎」。


「司法権の独立」とは、絵に描いた餅に過ぎなかった。
「司法権の独立」といえば、真っ先に思い浮かぶのが、「大津事件」である。

 ロシア外交に影響することを恐れた政府が、ロシア皇太子暗殺を行おうとした犯人に厳しい判決を下すように圧力をかけたが、裁判長は政治的な判断を考慮せず、公正な判決をした。気骨のある裁判官である。


 参考になる外部ブログ記事

   「その時歴史が動いた 〜近代日本をつくった裁判〜」を読んで
   http://d.hatena.ne.jp/SORAC5/20101031/1288502841


 こういう優秀な裁判官を、「大切な裁判」の裁判長にしないというのが、今回の不当判決の裏側である。その時歴史が動いたのタイトルを借りれば、今回の判決は、

 「今歴史が動いた 〜前近代に逆行する裁判〜」となる。

 NHKよ、そんな良心的な番組を作ってくれよ。


 歴史は、過去のものだけではない。今も動いている。今回の不当判決は、まさに歴史の転換点である。無罪判決によって小沢氏が復権することを恐れる権力者たちのなりふり構わない暴挙なのである。これを批判するのが、ジャーナリズムではないのか。できないというなら、ジャーナリズムの存在意義などない。

 権力とは、本来的に国民を支配強制する恐ろしい組織である。その権力を制限し、国民を守るためにつくられたのが憲法であり、それを具現化した組織が裁判所、すべての不正を監視するのがマスメディアのはずである。

 今回の判決で、裁判所(=司法官僚)もマスゴミも「国民の敵」であることが判明した。植草一秀氏に対する謀略事件も、同様であったことを物語っている。

 この不当判決を、司法組織内部で問題視する気骨のある裁判官はいないのだろうか?全員、国家の犬なのだろうか?

 この不当な判決は、控訴されることを前提にしている。時間を稼ぎ、本丸=小沢氏を攻略するための段取りに過ぎない。この国家を挙げての謀略を、国民の目に届くように暴く必要がある。

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