いやいや朝起会を続けている妻の夫のブログ

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zoom RSS 詩 「最後だとわかっていたなら」

<<   作成日時 : 2011/10/08 00:43   >>

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 「最後だとわかっていたなら」という詩が、口コミで広がっている。

 9・11テロに関係する詩のようだが、東日本大震災で家族を失った人たちの気持ちを代弁する詩として、注目を集めているようだ。

 私も下記の映像を観て、自然と涙が流れた。

http://youtu.be/CX5iZx7FIok


 人は一人では生きていけない。私にも愛する家族がいて、愛する子供たちがいる。それを当たり前だと思ってはいけない。有り難いことなのだ。もっと、もっと家族を愛して、一日一日を大切に生きていきたいと思わせてくれる詩だ。

 人は必ず死ぬ。我が両親は幸い健在だが、いつか最後の時が来る。そのときになって後悔しないように、もっとまめに会わねばと思う。

 私が住む愛知県でも、東海・東南海地震の発生が危惧されている。子供たちのためにも、私は生き延びねばならない。愛する人たちを失いたくもない。家具は全部固定した。避難袋も用意した。後は、毎日を生き生きと生きることだ。

 「死」を考えることなど普段はないけれど(自殺という意味ではなく)、それを考えることによって「生」の輝きは増す。

 スティーブ=ジョブズ氏が昨日亡くなった。私や私の周りの誰かが、明日死ぬことだってありえる。その確率はゼロではない。『人間の死亡率は100%』なのだから。

 参考記事

 人間の死亡率は100パーセント
 http://d.hatena.ne.jp/lifespurpose/20110310

 上記のブログの日付は、「2011年3月10日」で、東日本大震災の前日である。毎日新聞の「余録」に紹介された言葉だそうだ。このコラムを読んで、最後の日を意義あるものにした読者もいたのだろうか。


 「最後だとわかっていたなら」の詩とは次元が違い過ぎて恐縮ですが、大震災発生直後に、「実践倫理宏正会って何?」に「いや夫」が書いたのはこちら。訴えている内容は一緒です。

(引用開始)


東北大震災を、遠く離れた場所から、TVを観ていて考えさせられたこと
http://58807828.at.webry.info/201103/article_20.html

<< 作成日時 : 2011/03/14 22:14


 連日、TVは東北大震災一色である。それが当然である。日頃、くだらないバラエテイー番組ばかりが流れていて、そんなくだらない番組を眺めながら、無駄に人生を送っていたことを恥じている。

 とりとめもなく、大震災を伝えるTVを観ていて感じたことを書きます。

 離ればなれになっている家族が再会する場面を観た。
母親の言葉が印象に残った。
「生きていてくれただけでいい。会えただけでいい。」
 (感想)家族が無事でいてくれさえすれば、例え家を津波にのまれても、全財産を失っても、構わないと思えるのだろう。きっと私もそうだろう。

 妻を失った老人の話。失った家をぼんやり眺めながら座っているところをTVがインタビューした。
「津波が来るので、必死に逃げた。妻が足が不自由なので、娘と一緒に何とか土手にあげようとがんばった。しかし、津波が来て、あまりの重さに手を離してしまった。」
 (感想) 涙が流れました。あまりに過酷すぎる。この夫は、一生後悔して生きていくのだろう。でも、それは仕方がないことですと慰めてあげたい。妻の分もしっかり生きて欲しいと思います。

 南三陸町で、視聴者が撮った映像をTVで流していた。高台から、街の建物が次々と押し流されている映像。
 どんどん津波が迫っているのに、段差がある場所で、避難する人たちがもたもたしている。高台の人々が「早く逃げて〜」と叫んでいる。中には、危険を冒して駆け戻って、不自由な人を抱えて逃げ延びた一市民がいた。その一方、最後の一人が津波にのみ込まれてしまった。
 (感想) 駆け戻った人の勇気をすばらしいと思う。自分にできるだろうか?最後に流されてしまった人は、他の人を気遣って、自分を最後にして流されてしまったのだろうか?人間の倫理力の高さに驚嘆する。

 TVを観ながら、人生の無常さを感じている。被災地からはるか離れた愛知県で、いつもと同じ生活を送っている私である。「何事もない」ことがいかに恵まれて幸せなことなのかをかみしめている。

 
 以上のように、「いや夫」は大震災のTVを観て、打ちのめされています。

 「実践倫理宏正会って何?」のようなくだらない掲示板(=2ちゃんねると同じ)で、家庭愛和もできない「ちゃねら〜」の「匿名」の「ごきぶり」どもと闘論を続ける気力を無くしています。

 貴様ら否定派首謀者が会友の身内であることは、お見通しだ〜!
 明日、貴様らに大震災が起こって、その身内が亡くなったとして、貴様らは後悔しないのか?
 貴様らが大嫌いな「いや夫」の忠告であっても、正しいことは正しいのだ。
 是々非々で判断しろ!貴様らは、人生で最も大切な「家庭愛和」を自分自身で壊しているのだ。
 それが、そもそもの不幸の原因なのだ。いいかげん気づけ。
 気づかんなら、それで結構。自己責任だ。死ぬ前にせいぜい後悔しろ。
 「いや夫」はこれからも「家庭愛和」を大切にする。だから、幸せな人生を送る。
 貴様らとは違うのだ。ざまあみろ。悔しかったら、「家庭愛和」を実践せよ!

 (後略)

投稿 家庭愛和もできない「ちゃねら〜」どもに対して、大震災を機会に自らの行動を反省してはと諭し、しばらくこのブログからトンズラことを宣言する「いや夫」。「ごきぶり」の相手をするのはうんざりだ。ゴキブリにはゴキブリの「レイモンド」くんが対応するのが最善の策である。
| 2011.03.14 10:26 午後
http://rinrikko777.blogzine.jp/jissen/2005/02/post_1.html#comment-28327991

(引用終了)

 結局「レイモンド」も否定派首謀者の一味であることが判明し、「いや夫」は「レイモンド」&「サイコばばあ」のコンビと戦い続けております。

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