最終弁論 「最も重要な事は論理で説明できない」

 あるブログ(アンチ朝起きの「さくら」たちに占領されている)で残した最終弁論です。
要するに、ネットで討論してても意味がないということです。
実践が大切です。
あなたは、この詩人に共感する心をお持ちでしょうか?

<最終弁論>

回答ありがとうございます。

 貴殿は往生際が悪いと、私は思います。貴殿との討論は、大変な苦労ながらも、勉強になりました。しかし、もうお話することはありません。かいかぶっていただけのようです。
「無知の知」の意味をもう一度考えてみてください。

 あなたは、論理で私を負かすことしか頭にないようだ。ばかの一つ覚えみたいに、「認知的不協和理論」を使って会友が洗脳されていると結論づける。人間を簡単に心理学で片付けるな。

 それでは、貴殿が好きな権威ある理論で反論しよう。下記は数学者である藤原正彦氏著『国家の品格』から引用したものです。

P43より
(引用開始)
前略
 こんな例を出さなくても、人間が戦争を繰り返していることを見れば論理の限界なんて明らかでしょう。古今東西あらゆる時代のあらゆる場所で戦争をして、そべての人が「こんなバカバカしいことはない」と涙ながらに反省して、そしてまた戦争を繰り返してきました。どの戦争にも当事者双方に論理がありました。戦争が紛争解決の最善の手段であるかどうかは、いつも的確に判定できなかったのです。
 論理的に得られた結論は磐石ではないのです。いったん論理が通るやホッとして、往々にして他のもっと大切なものを忘れたり、他の解決法に目がいかなくなったりするのです。論理は魔物を言えるでしょう。

 ②最も重要なことは論理で説明できない

 論理だけでは破綻する第二の理由は、人間にとって最も重要なことの多くが、論理的に説明できないということです。
 もし、人間にとって最も重要なことが、すべて論理で説明できるならば、論理だけを教えていれば事足りそうです。ところがそうではない。論理的には説明出来ないけれども、非常に重要なことというのが山ほどあります。
 別の言葉で言うと、「論理は世界をカバーしない」ということです。数学のように論理だけで構築されているような分野でも、論理ですべてに決着をつけることは出来ないのです。
 この事実は数学的にも証明されています。1931年にオーストラリアの数学者クルト・ゲーテルが「不完全性定理」というものを証明しました。
 不完全性定理」というのは、大ざっぱに言うと、どんなに立派な公式があっても、その中に、正しいか正しくないかを論理的に判定できない命題が存在する、ということです。正しいか正しくないかを論理的に判定できないことが、完全無欠と思われていた数学においてさえある、ということをゲーデルは証明したのです。
 この不完全性定理が証明されるまで、古今東西の数学者は、こと数学に限れば、どんな命題でも正しいか誤りかのどちらか一つであり、どちらであるかいつかは判定できる。と信じ切っていた。ところがゲーデルはその前提を覆したのです。人間の頭が悪いから判定出来ないのではない。論理に頼っていては永久に判定できない、ということがある。それを証明してしまったのです。

 人殺しは悪いこと?

 不完全性定理は数学にとどまらず、哲学などにも大きなインパクトを与えました。アリストテレスの時代から、数学においても哲学においても「A」または「ノットA」というふうに決まっていた。1+1は2か、そうでないかに決まっている。三角形の内角の和は180度か、そうでないかに決まっている、と。そしてどちらが正しいか今は決められなくとも、いつかは必ず論理的に決めることができる、と信じていた。ところが「どちらとも永遠に決められないものがある」ということが、数学的に証明されてしまったのです。
 数学の世界でさえも、論理では説明できないことがある。まして、一般の世界では、論理で説明できないことの方が普通です。
 例えば、「人を殺してはいけない」ということだって、論理では説明出来ません。
 十年ほど前にこんなことがありました。日教組の教研集会で、傍聴していた高校生が会の最後の方になって、「先生、なんで人を殺しちゃいけないんですか?」と質問した。そこにいた先生たちは、誰一人それを論理的に説明出来なかった。びっくりした文部省が、「人を殺してはいけない論理的理由をパンフレットに作成中」と新聞に書いてありました。読んで笑ってしまいました。
 人を殺していけない論理的理由なんて何ひとつない。私に一時間くれれば、人を殺してもいい理由を50ぐらいは発見出来ます。人を殺してはいけない理由も同じくらい見つけられます。論理というだけなら、良い理由も悪い理由もいくらでもある。
 人を殺していけないのは、「駄目だから駄目」ということに尽きます。「以上、終わり」です。論理ではありません。このように、もっとも明らかのように見えることですら、論理的には説明出来ないのです。

 会津藩の教え

 江戸時代、会津藩い日新館という藩校がありました。白虎隊も教えを受けていた藩校なのですが、ここに入る前の子弟に対して「什の掟」というのがありました。
 そこにはこう書いています。

一つ、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二つ、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
三つ、虚言を言うことはなりませぬ
四つ、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ
五つ、弱いものをいじめてはなりませぬ
六つ、戸外で物を食べてはなりませぬ
七つ、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ

 武士道精神に深く帰依している私には非常に納得できるものです。七つ目を除いて。そして、これら七か条の後は、こんな文句で結ばれます。

 ならぬことはならぬのです

 要するにこれは「問答無用」「いけないことはいけない」と言っている。これが最も重要です。すべてを論理で説明しようとすることは出来ない。だからこそ、「ならぬことはならぬのです」と、価値観を押しつ
けたのです。
(引用終了)

 要するに、重要なことの多くが、例えば「卑怯がいけない」ということすら論理では説明できないのです。 「あなた方」と討論して、ネットで討論することの虚しさに気づきました。朝起会の生き方とは、もっとも対極にある生き方です。

 
 ギャラリーの皆様へ

 「いや夫」はしばらくお休みします。
「いや夫」への擁護発言は不要です。批判への批判はエスカレートするだけ。荒しがおさまるまで待たねばなりません。「非暴力不服従主義」で彼らの反論を眺めてみましょう。
「いや夫」はどんなに切り刻まれ、殺されても、しょせんネットの上。
いつか生き返ります(簡単です)。(笑)

 なお、ちゃねらーが「いや夫」になりすまして、ひどい反論をしたり、ふざけたりすることが予想されますが、罵詈雑言は眺めてもむだです。むしろ、覗かないことをお勧めします。
私たちは、現実世界でがんばりましょう。(自分は実践していませんが。)

 ブログをおもちの方、私が発見した「書きっぱなしは変でしょ」クリーン作戦は、(今までの投稿に対しては)とても有効な方法だと思います。罵詈雑言を消してみて、あなたを応援する本物の言葉を見つけてください。

 さて、武蔵殿にさきほど、つきつけた我がブログの記事本文をこちらにも引用し、しばし筆を休めます。このブログの当初の書き込みと、「ほんとうのもの」との違いをくらべてみてください。

 深夜の作業で大変でした。そんなとき読んだ「まるまるまある」さんの詩に涙がこぼれました。
わかる人には、「ほんとうのもの」がきっと見えているのだと思います。

 それでは、しばしさようなら。やはり、家族と過ごす毎日の方が楽しいです。
ご清聴ありがとうございました。

 おそらく、本ブログ最長の投稿、
(引用開始)
必見記事! 「書きっぱなしは変でしょ」を検証したら 発掘(6)
<< 作成日時 : 2009/10/16 05:41 (略)


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 以前投稿した

必見記事 「書きっぱなしは変でしょ」 発掘(4)を

実際に検証してみたい。

<関連記事>
http://58807828.at.webry.info/200910/article_51.html

を貼り付けときました。

(否定派にとっては荒らしみたいなものかもしれません。
さんざんなりすましてきたから、この位でつりあいます。
何ちゅう自己中な奴だと批判を浴びるのは必至。
所詮、実践者ではありません。)

国家の品格 (新潮新書)
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藤原 正彦

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この記事へのコメント

担当者
2011年06月15日 03:14
とにかくだ、嫁をカルトから救出したいならカルト手口を学ぶことだ。

前にも言ったが、佐野もカルトに言及してるぞ。 あとな、佐野と教授は、中国共産党によるチベットの虐殺に反対運動してるぞ。
それについては我がサイトのトップにもリンクしてるよな。

ま 普通の人間ならあんな国家許せるはず無いよな。知ってて放置するのは悪だしな。 ああオマエは悪というより単なる
阿呆だったなww

朝起き会とその信者。 許しません。
いや夫
2011年06月15日 21:54
「担当者」の昨晩のコメント攻撃を集約。「カルト信者」だから人の文章は読まないそうだ。
http://58807828.at.webry.info/201106/article_18.html
<< 作成日時 : 2011/06/15 07:30 >>

 にて、お前の姑息さを解説しといた。

 リング(下記)から逃げるなよ。そんなに「いや夫」が怖いのか?チキンよの~。

 朝起会否定派首謀者諸君(複数いたらね) コメント承認不要にしたので、どうぞコメント攻撃してちょ
 http://58807828.at.webry.info/201105/article_39.html

 分散コメント攻撃は面倒だが、それぞれ、回答してあげよう。

③ 中国の民族運動弾圧を正当化するつもりはありません。許されざる罪です。
 でも、仕方がない面があるのも事実です。

  「12434」さんに、良書を紹介します。『日本の大復活はここから始まる!』です。
  http://58807828.at.webry.info/201106/article_8.html
 に書いた本文とコメントより
(一部引用開始)
 (「天安門事件」や「チベット・内モンゴル・ウイグル弾圧」を考えたら、当たり前の考え方です。「ちゃねら~」のスタンダードです。でも、50もの多民族国家で、13億人の人口が抱えている中国は、「独裁政治」をするしかないのです。民族独立運動はおさえこむしかないのです。これを副島隆彦氏曰く「開発独裁」といいます。

 関連記事 http://www.snsi.jp/tops/kouhou/1343
 つづく
いや夫
2011年06月15日 21:55
 天安門事件・チベット弾圧・ウイグル自治区弾圧・ジャスミン革命弾圧などのニュースを見ていれば、反中国になるのは当然だと思います。しかし、そんな中国にしてしまった責任の一端は、日本の侵略戦争にあると思っているので、「いや夫」はあくまで「親中国」を目指します。そこまで親しくならなくても、副島隆彦氏の主張する「同じアジア人同士争わず」こそ、日本が生き残っていく道だと信じています。
  また、「12434」さんが好きそうな本があるので、紹介します。
 「日本人の誇り」藤原政彦著です。

 彼の前の著書「国家の品格」は大好きですが、今回は、南京大虐殺をまっこうから否定し、ネトウヨを勇気づけるだけの本なので、あまりおすすめはしたくないです。しかし、「12434」さんにとっては、共感できる本だと思うので紹介しました。
 しかし、あくまでも「南京大虐殺」はあったのです。副島隆彦氏も9万人程度の虐殺はあったとの立場で、それが真実だと「いや夫」は思っています。
 「国家の誇り」のような、南京大虐殺を捏造と主張するような本が販売ランキング1位になっていて良いのだろうかというアンチテーゼとして、あえて紹介しました。  つづく
いや夫
2011年06月15日 21:56
 ちなみに、「文春新書」は、アメリカのカウンターパート組織です。日本人が反中国になった方が、アメリカにとっては得なのです。そういう広い視野をもった方がよいと思います。
  『国家の品格』はおもしろく読みました。良書に違いありません。確かに、若者を馬鹿にしていますね。でも、そのように批判される位に、現代の若者は情けない人が多いので、仕方がないと思います。私は、年配に近づいてきたので、この本には共感しました。
 しかし、今回の『日本人の誇り』はいただけません。歴史認識については、一般国民と五十歩百歩だと思いました。途中で嫌になって、見開き2ページを5秒で速読しました。二度と読まないでしょう。(そんな本を「12434」さんにすすめているのも、「いや夫」ならではです。)

(引用終了)