「卑怯」を教えよ 『国家の品格』より

 残念ながら、小中学校ではいじめが蔓延しているようです。
いじめの恐ろしさを描いた『学校の悪魔』という本があります。これを読むと、自分の子どもを学校に送り出すことに不安を覚えます。道徳などに力を入れる「心の教育」の重要さが叫ばれています。実践倫理宏正会は、親を教育することによって、子どもの善導を引き出す活動を続けている教育財団です。

 さて、このいじめ対策として、実践倫理宏正会は一定の貢献を果たしていくでしょう。しかし、残念ながら、正しい道を説いたからといって、いじめがなくなるはずはありません。「いじめが悪いことだとは知っている。それでも、いじめを行う」のが人間だからです。

 この対策に、もっとも効果的だと思うのは、『国家の品格』で提言されている下記の実践だと思います。

   「卑怯」を教えよ

(引用開始)P62より

 <短い論理は深みに達しない>

 論理は、長くすすめて初めて深みに達するという性質を持っているのですが、先ほど申しましたように、日常の論理は長いと危険で、とても使い物になりません。
 一方、短い論理というのは深みに達しない。従って、論理というものは本来、効用のほとんどないものです。なのに、人間は論理が大好きで、論理は世にはびこっています。ほぼすべてワンステップかツーステップの論理です。
 例えばいじめがるとします。するとすぐに「みんな仲良く」などと言う。実に分かり易い。
 しかし、少しでも社会生活を送った人間なら、「みんな仲良く」なんか出来るわけがないと分かっている。どんな組織だって嫌な奴だらけです。右を見ても左を見ても嫌な奴。そういう自分がいちばん嫌な奴。それが普通なのです。
 最近では、いじめがあるからといって、学校にカウンセラーを置いたりする。論理的で分かりやすい。これはアメリカの方が先で、たくさんの学校にカウンセラーとかスクール・サイコロジストがいる。でもいじめは減らない。

 <「卑怯」を教えよ>

 いじめに対して何をすべきか。カウンセラーを置く、などという対症療法より、武士道の精神にのっとって「卑怯」を教えないといけない。「いじめが多いからカウンセラーを置きましょう」という単純な論理にくらべ、「いじめが多いから卑怯を教えましょう」は論理的でないから、国民に受けません。
 しかし、いじめを本当に減らしたいなら、「大勢で一人をやっつけることは文句なしに卑怯である」ということを、叩き込まないといけない。たとえ、いじめている側の子供たちが清く正しく美しくて、いじめられている側が性格のひん曲がった大嘘つきだったとしても、です。「そんな奴なら大勢で制裁していいじゃないか」というのは論理の話。「卑怯」というのはそういう論理を超越して、とにかく「駄目だから駄目」ということです。この世の中には、論理に乗らないことが大切なことがある。それを徹底的に叩き込むしかありません。いじめをするような卑怯者は生きる価値すらない、ということをとことん叩き込むのです。
 しかし、政府も官僚も「識者」と称する人たちも、戦後60年もたち、「論理的に説明できることだけを教える」という教育を受けた人ばかりになってしまったのです。
 論理が通ることは脳に快いから、人々はこのようにすぐに理解できる論理、すなわちワンステップやツーステップの論理にとびついてしまう。従ってことの本質に達しない。いじめ問題なんか典型です。こみいった問題の解決を図ろうとしたら人間性に対する深い洞察が必要になる。
 実はワンステップやツーステップの論理の跳梁は我が国ばかりではありません。世界中がこれに冒されています。欧米の支配を支えてきた論理や合理ですが、実はそれらのほぞすべてがワンステップやツーステップで彩られているのです。

(引用終了)

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