やはり、福島放射能汚染は実は大したことがないようだ(引用記事)

 「副島隆彦の学問道場」にて、福島放射能汚染が大したことはなく、「ショック・ドクトリン」政策によって、情報が捏造されていることを紹介しています。

 情報拡散のため、引用します。

(全体引用開始)

[511](報告文 15) 「ショック・ドクトリン」というおそろしい支配の実行と、放射線医学者・中川恵一の文を載せます。
 http://www.snsi.jp/bbs/page/1/

  投稿者:副島隆彦 投稿日:2011-05-06 10:02:06


副島隆彦です。 今日は、2011年5月6日です。

 私は、現在、弟子ちたちと福島で、原発から21キロメートルぐらいのところに、福島復興活動の拠点となる現地本部を作ろうとして動いています。 原発から20キロ圏内は、完全に封鎖されました。

 もう裏の農道から、住民たち(原発避難者たち)が入ることも出来ません。いくら、「どういう法律の根拠で、立ち入りさせないのだ、と機動隊の警官たちに抗議しても、中に入れません。「災害対策基本法」だそうで、「何と言う災害だ」と問うと、「東日本大震災だ」とぼそっと警官が言ったので、「そうではないだろう。原発の事故と言う、災害だろう。この法律は、火山爆発の危険の為に作られた法律の、勝手な違法解釈の流用だ。一体、どこに危険があるのか」と下っ端の警官に言ってもどうにもならない。

 私は、3月末からの、国論の大転換で、政府自らが、世界中に風評被害を生み出して、日本国内にも、ヒステリーじみた、放射能への過度の恐怖感を煽る人々が出現している。
冷静な「科学的な事実(scientific facts サイエンティフック・ファクト)に基づく議論を、阻止して、「危険だ、危険だ。政府が勝手に変更した、20ミリシーベルト年間(毎時の1マイクロシーベルトを、8670倍に単純積算しただけの放射線量)を、「元の1ミリシーベルト年間 に戻せ」と騒いでいる。賢慮をすべき小沢一郎派の若手までは、この議論に巻き込まれて、「危険だ、危険だ」派の狂騒的(きょうそうてき)な集団ヒステリーで動いている。情けないことだ。

 放射線医学、放射線防護学の、長年の「放射線治療」の実績と、治療行為の中で、本当の専門家たちが、「ICRP(国際放射線防護委員会)が、3月21日に、日本に向けて、緊急で勧告したとおり、20ミロシーベルトから10ミリシーベルト年間総量まで上限の規制値を変えて、緊急事態でも、癌の発生率は増えない」(朝日新聞、3月26日)とはっきり言っているのに、まだ、「20ミリシーベルトを元の(事故の前の)1ミリシーベルトに戻せ」と、政府を困らせている。
この間の、3月末からの、どたばたの、国内の世論の混乱を、私は、現地の福島から、ずっと冷やかに見てきた。

 こういう議論が、どれほど、30キロ圏内の住民たちを、痛めつけているのかを、東京や、関西にいる人間たちは、全く自覚しようとしない。「放射線医学の医者たちは、家族を含めて、福島の原発のそばに住め。地面の土を舐めろ」と、ヒステリーを高じさせた、政府(政権)批判派で、放射能はどんなに微量(びりょう)でも恐い、恐ろしい、と言いさえすれば、自分たちの仲間である、それが賢明な考えである、と頭から信じ込んでいる、愚か者たちが、急にたくさん出てきた。 

 本当に危なかった、3月16日までの危機は、去ったのに、まだ、自分たちの勝手な恐怖感だけで、騒いでいる。こういう人間たちこそ、現地の福島に来て、避難者たち住民の意見を聞け。 「子供の健康が心配でならない」と言う前に、福島の現地に来て、彼らの姿を、自分たちこそ見よ。そうすれば事の真実は、分かる。私はそう断言する。

 私は、原発から4キロの双葉町(ふたばまち)に住もうと思って、住民から3軒の家の提供があって、使っていいですよ、言われていたのだが、ついにこの私でも20キロ圏には入れなくなった。双葉、浪江でも、放射能の量は、ごく微量(ほんのちょっと)であり人体には、何の被害も無い。子供たちでも大丈夫だ。 過剰に過敏になりすぎた神経質な日本国民の悪い面が出ている。

 どうせ、このあと2ヶ月で、今の集団ヒステリーは消えてなくなり他の議論に、いつの間にか移っているだろう。それは工程表(ロードマップ)どおりと言ってもいいぐらいのものだ。 今、盛んに、「放射能はどんなに微量でも危険だ」と煽っている人間たちのことを、私は、証拠集めして、必ず、半年後に、「あなたは、あの時(2011年4月に)こんなことを書いたのだぞ」と突きつけようと思う。

 今日は、「ショック・ドクトリン」という話を書こうと思った。ショック・ドクトリンとは、書名で、3年前に書かれた本だ。カナダ人の女性評論家のナオミ・クラインが書いた本だ。

 ’Shock Doctrine ‘ とは、
 
 大災害や戦争、権力者たちによって仕組まれたテロ事件などによって、民衆、一般大衆を、恐怖に陥(おとしい)れ、ショックとパニックで、正常な判断力を、国民から奪い取り、そうすることで、自分たち凶悪な支配者、権力者たちのいいように、非常事態を宣言して、国家を非合法的に支配し、他国を占領し、世界を操(あやつ)る
 
という 悪辣(あくらつ)なやり方だ。

 そのことを、著者のナオミ・クラインは、徹底的に暴いている。この「恐怖と扇動で国民を支配せよ」という手法の恐ろしい実験場が、今の福島原発の放射能漏れ事故を利用した、彼らのやり口だ。この「ショック・ドクトリン」は、日本語訳が出るはずだったが、3年経つのにまだ出ていないようだ。この本の書評だけを、今日の私のこの「報告文 15」の文末に載せる。

 以下に載せるのは、中川恵一(なかがわけいいち)という東大の医学部の放射線医療の専門学者の文である。彼は、3月中は、NHKテレビに出て、事故で放出された放射性物質の人体への影響、健康被害のことを話していた。しかし、その後、政府よりの御用学者の 枠に入れられて、テレビに出れなくなったようだ。 

 私は、まだ若そうな(40歳代)のこの中川恵一は、そんなに腐敗している人ではないと判断する。ひたすら放射線医学、放射線によるがん治療の成果を、厳密に語っている人だと思う。政府や大企業の金を貰いすぎて、ヨゴレまくっているくせに、今は、急に、「原発事故で放射能は人体に危険だ。原発反対」と言い出した、おかしな人物たちを、これから徹底的に検証する。

以下が、平易に書かれた中川恵一の文です。専門論文を、じっくりと読んでください。

(転載貼り付け始め)

2011年5月03日

http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/01/01080428/02.gif
冒頭のURLの図の「人工放射性降下物の経年変化」にあるとおり、米ソなどの核実験により1960年代の東京でのセシウム137の最大値は約800,000mBq/㎡であり、1985年以降2003年までの最大値約10mBq/㎡の実に約80,000倍である。

チェルノブイリ原発事故の時でも東京でのセシウム137の最大値は約100,000mBq/㎡強であったが、1985年以降2003年までの最大値約10mBq/㎡の約10,000倍である。ただし、1年あまりで約100mBq/㎡まで減少している。

つまり、チェルノブイリ原発事故の時よりも、米ソなどの核実験による1960年代のほうが、東京でのセシウム137は約8倍多かったことになる。

そして、今回の福島原発事故は、公式には「チェルノブイリ原発事故の10分の1」となっているが、西村肇(にしむらはじめ)東大名誉教授によると「チェルノブイリ原発事故で放出された放射能物質の総量の10万分の1の放射能物質が、福島原発事故では放出された。100日間の合計でも、千分の1の量である」としている。

http://onihutari.blog60.fc2.com/blog-entry-44.html
のとおりにカリフォルニアで検出されたプルトニウム239が福島原発事故によるものであれば、米ソなどの核実験により、1960年代の東京でのプルトニウム239は、今回の福島原発事故よりも多かったはずである。

しかし、私は、1960年代前半の生まれで30歳まで千葉・埼玉・東京で過ごしたが、一度も癌を発症したことはない。
これは一体どう考えたらよいのだろうか。
別に公式発表を100%信じているわけではないが、どうも釈然としない。

それでも福島原発事故は、チェルノブイリ原発事故と同じレベル7じゃないか、と主張する人もいるかもしれない。
しかし、結論からいうとあれは「ヤラセ」である。

そもそも安全だ、安全だと言いながら日本政府(原子力安全・保安院)が自らレベル5(2011年3月18日)からレベル7(2011年4月12日)へ引き上げると発表した時、何か矛盾を感じた。
そして、時系列で整理し考えた。

東京電力は2011年4月4日、福島第一原発から低濃度汚染水の海洋投棄することを発表・開始した。

西村肇(にしむらはじめ)東大名誉教授が、「福島原発事故の原因の究明」という論文を書き、2011年4月8日、記者会見した。

西村先生は、2011年4月8日に、はっきりと、「チェルノブイリ原発事故で放出された放射能物質の総量の10万分の1の放射能物質が、福島原発事故では放出された。
100日間の合計でも、千分の1の量である」ということを、厳密な計算式を使って証明した。

日本政府(原子力安全・保安院もそれぞれ独自に数値を2011年4月12日に発表した)は、嘘八百の発表を、西村論文のあとに、慌てて行った。
その内容は、「チェルノブイリ原発事故で放出された放射線量の10分の1が、福島原発事故で放出された。
だから、事故レベルは7だ」というものだった。

2011年4月12日、原子力安全・保安院と原子力安全委員会は合同会見を開き、従来の暫定評価のレベル5(2011年3月18日)からレベル7へ引き上げると発表した。
事故発生以降の放射性物質の総放出量は、原子力安全・保安院の推計で37万テラ(1兆倍)ベクレル、原子力安全委員会推計は63万テラベクレルで、レベル7(数万ベクレル以上)に相当するという。
チェルノブイリ原発事故は520万テラベクレルとされる。

その理由は、「震災発生当初、被災者の規律正しさや忍耐強さを称賛した海外メディアは、2011年4月4日に低濃度放射性物質汚染水の海洋投棄が始まったことを境に、日本政府の危機管理批判を強めていた。レベル5で低濃度放射性物質汚染水の海洋投棄をやれば、日本は、太平洋周辺国から袋叩きにされる。海洋汚染に対する膨大な賠償請求を避けるために、役人も東電も、何が何でもレベル7にする必要があった」、である。

国際原子力事象評価尺度の
「基準1事業所外への影響:放射性物質の重大な外部放出:ヨウ素131等価で数万テラベクレル以上の放射性物質の外部放出」
という尺度を悪用したのである。

海外向けには
「レベル7という重大な事故のため止むを得ず低濃度放射性物質汚染水の海洋投棄を行った」
と言い訳し、
国内向けには「でも福島原発事故はチェルノブイリ原発事故で放出された放射線量の10分の1だから、福島原発事故はチェルノブイリ原発事故ほどひどくない」
という二枚舌である。
つまり嘘の過大評価である。

仏アレバ社の高濃度放射性物質汚染水を処理できるシステムがもっと早く稼働できれば
「低濃度放射性物質汚染水の海洋投棄」は、やる必要がなかった措置である。

さらにいうと、チェルノブイリ原発事故は臨界爆発が起こって、放射線の中の中性子線までもが飛び交った。
福島原発事故はあくまでも中性子線以外の放射線(アルファ線、ベータ線、ガンマ線)が漏洩しているのをどう封じ込めるか、という問題である。

福島原発事故では、自衛隊員が22kgの鉛を装備して作業をしていた。鉛で防御できるのは、あくまで中性子線以外の放射線(アルファ線、ベータ線、ガンマ線)までであり、中性子線を防御することはできない。
中性子線を防御するには30cm以上のコンクリートや水などが必要である。
つまり、福島原発事故では、臨界爆発には至っておらず、作業できないほどの中性子線が飛散するまでの状況にはなっていない、ということである。

チェルノブイリ原発事故と福島原発事故は規模・内容とも違うのである。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。もう一本、中川恵一の文を短く重要な部分だけ載せます。

(転載貼り付け始め)

中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長 の文 

(結論部分を、副島隆彦が、前に移した)

 耳慣れない「シーベルト」という言葉は、放射線が人体に与える影響の単位です。
ミリは1000分の1、マイクロは100万分の1を意味します。
1シーベルト=1000ミリシーベルト=100万マイクロシーベルトとなります。

 もう一つ分かりにくいのは、「毎時10マイクロシーベルト」という表現です。
これは、1時間あたり10マイクロシーベルトの被ばくがあるという意味で、線量率と呼ばれます。
毎時10マイクロシーベルトの場所に3時間いれば、30マイクロシーベルトを被ばくするという意味です。
線量率は「蛇口から流れ出るお湯の出方」、たまったお湯の量が「何ミリシーベルト」という数字で表されます。

 ◇発がんリスク、喫煙以下
 では、どのくらい放射線を浴びると身体に悪影響があるのでしょうか?
原爆の被害を受けた広島、長崎のデータなどから、100ミリシーベルト以下では、人体への悪影響がないことは分かっています。
このレベルの被ばく量は症状が出ないだけではなく、検査でも異常な数字は確認されません。

 100ミリシーベルト以上の被ばく量になると、発がんのリスクが上がり始めます。
といっても、100ミリシーベルトを被ばくしても、がんの危険性は0・5%高くなるだけです。
そもそも、日本は世界一のがん大国です。2人に1人が、がんになります。
つまり、もともとある50%の危険性が、100ミリシーベルトの被ばくによって、50・5%になるということです。たばこを吸う方が、よほど危険といえます。

 現在、文部科学省が、各地の線量率を測定しています。
最も値が高い福島県の数値でも、風向きなどで高めの地点もありますが、多くの地点で、毎時数マイクロシーベルト程度です。
測定は屋外で実施していますから、屋内に退避していれば、線量率は毎時1マイクロシーベルト以下です。
東京、埼玉、千葉などは、屋外であっても、その10分の1以下です。

 毎時1マイクロシーベルトの場所にずっといる場合、どのくらい時間がたつと身体に悪影響が出始める100ミリシーベルトに達するでしょうか?
なんと11年以上の月日が必要です。通常より高いといっても、現在の放射線のレベルは人体に影響を及ぼす
ものではないことが分かります。

 繰り返しますが、事故の現状では、発がんリスクの上昇を含め、一般の人たちの健康被害は皆無と言えるでしょう。
安心して、冷静に行動していただきたいと思います。 

 今、東京都内の地面の上でガイガーカウンターを置いて計測したところ
「0.16μ㏜/h(マイクロシーベルト/時)」でした。
憶測で言うのではなく、ご自分で計測されたらどうですか。

 また、福島県の一部地域では線量が高いようですが、
「100ミリシーベルト以上の被ばく量になると、発がんのリスクが上がり始めます。といっても、100ミリシーベルトを被ばくしても、がんの危険性は0・5%高くなるだけです。そもそも、日本は世界一のがん大国です。2人に1人が、がんになります。つまり、もともとある50%の危険性が、100ミリシーベルトの被ばくによって、50・5%になるということです。たばこを吸う方が、よほど危険といえます。」
ということで、それほど心配しておりません。

また、「28. 」でも述べましたが、
①チェルノブイリ原発事故の時よりも、米ソなどの核実験による1960年代のほうが、東京でのセシウム137は約8倍多かったことになる。
②カリフォルニアで検出されたプルトニウム239が福島原発事故によるものであれば、米ソなどの核実験により、1960年代の東京でのプルトニウム239は、今回の福島原発事故よりも多かったはずである。
③私は、1960年代前半の生まれで30歳まで千葉・埼玉・東京で過ごしたが、一度も癌を発症したことはない
により、それほど心配しておりません。

以下、調べた情報を記載します。

①体内放射能は無限に蓄積される?
◆摂取と排泄はやがてバランスする。

 放射能で汚染された食品を、来る日も来る日も食べ続けたとしましょう。
この場合、体の中の放射線は、どんどん蓄積され続けるのでしょうか。
 たとえば、セシウム137の半減期は30年です。放射能が半分に減るのに30年もかかる。ちょっと考えると、こんなに寿命の長い放射性核種をつぎからつぎへと体内に取り込めば、どんどんたまっていきそうです。
本当はどうなのでしょうか。
 この問題を理解するには、生物学的半減期や有効半減期のことを知る必要があります。

 セシウム137を例にとりましょう。
たしかに、この核種の放射能が半分に減るのに要する時間は30年ですが、私たちの体の中に入ってきたセシウム137は、そこにいつまでもじっとしているわけではなく、尿や糞から排泄されることによって、体の外に追い出されていきます。
日本人の場合、セシウムを100だけ摂取したとすると、そのうちの半分を排泄によって体外に追い出すのに約3カ月必要です。
これを「生物学的半減期」というのですが、幸い、セシウム137の場合、物理的な半減期が30年と長くても、生物学的半減期が3か月程度と短いために、体内に取り込まれたセシウム137は、割合に速く追い出されてしまうのです。

 体内に取り込まれた放射能が100あった場合、これが、物理的減衰と生物学的排泄の両方によって、とにかく半分の50に減るまでの時間のことを「有効半減期」と言います。
物理的半減期と生物学的半減期と有効半減期の関係は、つぎのとおりです。
有効半減期=(物理的半減期×生物学的半減期)÷(物理的半減期+生物学的半減期)
=(30年×0.25年(3か月))÷(30年+0.25年(3か月))=0.247933884年

*0.247933884年=約3カ月

セシウム137の場合には、物理的半減期が生物学的半減期よりも圧倒的に長いので、このような場合には、有効半減期はだいたい生物学的半減期と同じになります。

◆摂取と排泄のバランス

セシウム137を毎日食べ続けると、体内量は無限に増えていきそうな気がしますが、実際には、ある時点までくると摂取量と排泄量がバランスして、それ以上は増えなくなります。
逆の言い方をすれば、摂取量と排泄量がつりあう状態になるまでは、体内量が増え続けると表現してもかまいません。
ちょっとした理論的考察によって、平衡状態での体内放射能(ベクレル)は、次式で求められることが知られています。

 体内放射能の平衡値=
1.44×(1日当たりの放射能摂取量、ベクレル/日)×(有効半減期、日)

◆カリウム40の体内量

私たちは天然の放射性核種であるカリウム40を、1日50ベクレル程度食べています。
この元素の生物学的半減期は約60日、物理的半減期12億6,000万年ですから、有効半減期は60日となります。
したがって、下に計算されているように、私たちの体内には、カリウム40が4300ベクレル程度は、たまっている計算になります。
実際には、1日当たりのカリウム摂取量や生物学的半減期にはかなりの個人差がありますので、誰でもピッタリ
4300ベクレルというわけではありません。
しかし、大人なら4,000~5,000ベクレルの体内放射能をもっていることは、実際に測定した結果としてもよく確かめられた事実です。
 当然、1日あたりの摂取量が多ければ多いほど、また、有効半減期が長ければ長いほど、平衡状態に達したときの体内放射能のレベルは高くなります。
しかし、それでも、無限に増えるわけではありません。

平衡時の体内放射能(ベクレル)=
1.44×(1日当たりの放射能摂取量、ベクレル/日)×(有効半減期、日)

(例)カリウム40(天然放射性核種)
    1日あたりの平均摂取量:約50ベクレル/日
    有効半減期:約60日
   ゆえに、私たちの体内のカリウム40の放射能は、
 体内量(ベクレル)=1.44×50(ベクレル/日)×60(日)=4,300(ベクレル)

◆放射性核種の種類と特徴

放射性核種:プルトニウム239、物理的半減期:24,400年、生物学的半減期:200年(骨)・500日(肺)、有効半減期:198年(骨)・500日(肺)

放射性核種:ストロンチウム90、物理的半減期:29年、生物学的半減期:50年(骨)・49年(全身)、有効半減期:18年(骨)・18年(全身)

放射性核種:ヨウ素131、物理的半減期:8日、生物学的半減期:138日、有効半減期:7.6日(甲状腺)

放射性核種:コバルト60、物理的半減期:5.3年、生物学的半減期:9.5日、有効半減期:9.5日(全身)

放射性核種:イットリウム90、物理的半減期:64時間、生物学的半減期:38年(全身)・49年(骨)、有効半減期:64時間(全身)・64時間(骨)

②何となく不気味な内部被曝

 放射線の浴び方には、いろいろあります。
時間的に言えば、一度にどっと浴びたのか、それとも、同じ線量をだらだらと少しずつ浴びたのか、という問題もあります。
また、全身に浴びたのか局所に浴びたのか、というのも重要な点です。
と同時に、体の外から浴びたのか、それとも体内汚染をおこした放射性物質によって、体の中から浴びたの
か、という分け方も重要です。

よく内部被曝の方が外部被曝より危険なのではないかという疑問を耳にします。
体の内側から浴びる方が不気味なので、その気分はわかるような気がします。
しかし、実際はどうなのでしょうか?

 たとえば、生殖腺が内部被曝で1シーベルト浴びた場合と、外部被曝で1シーベルト浴びた場合を考えてみましょう。
両者の影響に違いがあるでしょうか、それとも同じでしょうか?
 
 体の外から生殖腺が浴びる場合には、多分、ガンマ線のような透過性の放射線のことが多いでしょう。
稀には、かなりエネルギーの高いベータ線の被曝によることもないとはいえません。
その場合には、ベータ線は生殖腺に当たって主として表面近くで吸収される可能性が強いので、ガンマ線被曝の場合のように生殖腺全体がほぼ均等に浴びるということにはならないかもしれません。

一方、生殖腺自身に取り込まれた放射性核種による被曝の場合には、どういう放射性核種かに応じて、アルファ線の場合もあるだろうし、ベータ線の場合もあるだろうし、ガンマ線の場合もあるでしょう。あるいは、それらの組み合わせの場合もあるに相違ありません。
とくにアルファ線の場合などは、それを放出する放射性核種が、生殖腺内でどういう分布をしているかによって、被曝線量の空間分布もずいぶん違ってくる可能性があります。

 このように考えてくると、ひとくちに「生殖腺が1シーベルト浴びた」などと言っても、線量の分布などが微妙に異なる可能性があるので、そう簡単な話ではありません。
しかし、今のところ、同じ臓器が同じシーベルト浴びたのなら、それが外部被曝によるものであれ内部被曝によるものであれ、生物学的な障害度に基本的な差はないと考えられています。
とくに、浴びる放射線が両方ともガンマ線とかベータ線とか同じである場合には、そこにできた放射線の傷跡が外から来た放射線によるものか中から出た放射線によるものか、区別する根拠はまったくありませんので、同じものとして考えていっこうに差し支えありません。

 もちろん、かたや、骨に入り込んだプルトニウム239によって骨髄に1シーベルト浴びた、というケースと、かたや、外部被曝のベータ線によって皮膚に1シーベルト浴びた、というケースを同等に扱うなどということはナンセンスです。
同じ臓器がほぼ似たりよったりの浴び方で放射線を被曝した場合には、それが外部被曝によるものであれ内部被曝によるものであろうが、本質的な差はないのです。

◆全身線量の求め方

 いろいろな臓器が不均等に被曝したような場合、全身線量を求めるにはどうすればよいでしょう。
単純に各臓器の線量を加え合わせばよいでしょうか。
そう簡単ではありません。
なぜならば、臓器によって、遺伝的影響や癌の危険度が違うからです。
発癌の危険性が少ない臓器が1シーベルト浴びるのと、その危険性が大きい臓器が1シーベルト浴びるのとでは当然意味が違ってくるので、各臓器の重要性に応じて重みづけの係数(荷重係数)をかけて合計しなければなりません。
下の表は、国際放射線防護委員会がこうした目的のために設定した係数の値です。

◆実行線量当量とは?

 外部被曝であれ、内部被曝であれ、いろいろな臓器が異なる割合で被曝した場合には、この表の係数を乗じて重みづけをしながら合計線量として同じ尺度で比較することができます。
なかなか面倒なことですが、そのようにして計算された線量の値は共通に比較ができて便利なので、とくに「実行線量当量」と呼ばれています。
言うまでもないことですが、下表の係数を全部加え合わせると、当然1.0になります。

 *荷重係数
生殖腺:0.25、乳腺:0.15、赤色骨髄:0.12、肺:0.12、甲状腺:0.03、骨表面:0.03、残りの組織:0.30

③◇対応は花粉症対策と同じ
 放射線とは、ものを突き抜ける能力が高い光や粒子のことです。
そして、放射線を浴びる(=被ばくする)と、遺伝子にダメージが生じ、人体に悪影響を及ぼすことがあり
ます。
放射線を出す能力を「放射能」、放射能を持つ物質を「放射性物質」と呼びます。

 今回の原発事故では、原子炉からヨウ素、セシウムといった放射性物質が漏れ出し、大気中にまき散らされています。たとえれば、スギから「放射線を出す花粉」が飛散している状態と言えます。
放射性物質も、そこから出ている放射線も目には見えません。

 窓を閉めて、家の中にいれば、吸い込む花粉の量が大幅に減ります。
放射性物質も同様で、屋外と比べ、屋内の被ばくは10分の1程度に減ります。
しかし、放射性物質から出る放射線の一部は、窓や壁を突き抜けますから、家にいても、放射線を完全に避け
ることはできません。

 放射性物質による被ばくには、「外部被ばく」と「内部被ばく」があります。
外部被ばくは、衣類や皮膚に付着した放射性物質から放射線を浴びることで起きます。
家に帰ったら、屋外で上着を脱ぎ、服はよくはたいて放射性物質を落としたうえで、シャワーを浴びれば問題ありません。
洗濯物は外に干さず、窓はできるだけ開けず、換気扇もなるべく使わないようにしましょう。
要は、花粉症対策と同様、「花粉」を寄せつけないことが大事なのです。

 雨が降った場合は、放射性物質を含んだ水滴が皮膚に付着しないように、レインコート(できれば使い捨て)を使うと安心ですし、折りたたみの傘を携帯するとよいでしょう。

 体内に放射性物質が入り、身体の中から放射線を浴びる「内部被ばく」は、より危険です。
身体の表面に付着した放射性物質と違い、体内の放射性物質は洗い流せないからです。外出するときは、ぬれたタオルなどで口や鼻をふさぐと安心です。
テーブルの上に置く果物などには、ラップをかけ、食べる前に洗うとよいでしょう。

◆日常生活でも自然被ばく
 ただし、現段階では、避難した原発に近い地域の住民の人たちを含め、一般の人の健康に悪影響が出るとは考えられません。
被ばくを心配し、「サーベイメーター」による検査を希望する人が増えていますが、そもそも「被ばくした」「被ばくしていない」という議論はナンセンスです。
なぜなら、私たちは、普通に生きているだけで、必ず「被ばくしている」からです。

 大気中には「ラドン」といった放射性物質が含まれますし、宇宙や大地からの放射線による被ばくもあります。
ホウレンソウなど食べ物にも放射性物質が含まれます。
世界平均では、年間約2・4ミリシーベルトの放射線を浴びます。
この「自然被ばく」の量も、場所によって異なります。
たとえば、イランのラムサール地方では、年間の自然被ばくが10ミリシーベルトを超えます。
日本から、この地方へ引っ越せば、被ばくが増えるわけですが、ラムサール地方でがんが多いというわけではありません。

中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦から。ここから、前のほうに書いた、ナオミ・クライン著の「ショック・ドクトリン」の書評の文を、弟子の古村治彦くんがまとめてくれたものです。

(転載貼り付け始め)

副島隆彦先生へ

古村治彦から。

お電話をいただき、ありがとうございました。

ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』について、
日本語でまとめてあるものと、要約を訳した
ものを貼り付けと添付ファイルでお送りします。

以上、ご報告いたします。

(貼り付けはじめ)

Democracy Now! 日本語版ウェブサイト
●「ショックドクトリン 大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革」
ナオミ・クライン新著を語る 1
http://democracynow.jp/video/20070917-1

●「ショックドクトリン 大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革」
ナオミ・クライン新著を語る 2
http://democracynow.jp/video/20070917-8

●「ショックドクトリン 大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革」
ナオミ・クライン新著を語る 3
http://democracynow.jp/video/20070917-9

※三つのアドレスにはそれぞれ別の動画が掲載されていて視聴可能です。
『ショック・ドクトリン』の文章での紹介は全て同じもので、以下に転載・貼り付けます。

(転載貼り付けはじめ)

1973年のピノチェト将軍によるチリのクーデター、天安門事件、ソ連崩壊、米国同時多発テロ事件、イラク戦争、アジアの津波被害、ハリケーン・カトリーナ。暴力的な衝撃で世の中を変えたこれらの事件に一すじの糸を通し、従来にない視点から過去35年の歴史を語りなおすのが、カナダ人ジャーナリストのナオミ・クラインの話題の新著The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism(『ショック・ドクトリン:惨事活用型資本主義の勃興』)です。
ケインズ主義に反対して徹底した自由市場主義を主張したシカゴ学派の経済学者ミルトン・フリードマンは、「真の変革は、危機状況によってのみ可能となる」と述べました。この主張をクラインは「ショック・ドクトリン」と呼び、現代の最も危険な思想とみなします。
近年の悪名高い人権侵害は、とかく反民主主義的な体制によるサディスト的な残虐行為と見られがちですが、実は民衆を震え上がらせて抵抗力を奪うために綿密に計画されたものであり、急進的な市場主義改革を強行するために利用されてきたのだ、とクラインは主張します。

投資家の利益を代弁するシカゴ大学経済学部は、「大きな政府」や「福祉国家」をさかんに攻撃し、国家の役割は警察と契約強制以外はすべて民営化し、市場の決定に委ねよと説きました。でもそのような政策は有権者の大多数から拒絶され、アメリカ国内で推進することはできませんでした。
民主主義の下では実現できない大胆な自由市場改革を断行したのが、ピノチェト独裁下のチリでした。無実の一般市民の処刑や拷問を行ったことは悪名高いですが、それと同時にシカゴ学派による経済改革が推進されたのは、クラインによれば偶然ではありません。これがショック・ドクトリンの、最初の応用例だったのです。

ショックの効用を研究したもう一つの機関は、カナダのマッギル大学でした。同大学の精神医学科はCIAの資金で拷問手法としてマインドコントロールや洗脳の実験を行っていたようです。囚人に幻覚剤を投与し、近く刺激を奪って長期の孤立状態に置くことにより、精神を幼児まで退行させ、人の言いなりにさせる手法は、現在グアンタナモやアブグレイブで使われている拷問マニュアルに酷似しています。

戦後イラクで連合軍暫定当局(CPA)のブレマー代表は意図的に無政府状態と恐怖の蔓延を助長する一方で、急激な民営化を進めましたが、これを個人に対するショック療法のパラレルとしての国民レベルのショック療法とみることもできます。
人類最古の文明におけるゼロからの再出発、既存体制の完全な抹消という発想には、個人の精神を幼児に戻して言いなりにさせるCIAの拷問手法が重なります。
これはさらに、ハリケーン被害においても踏襲され、長年の放置により劣化したインフラが必然的に災害を招くと、それを口実に、まるごと民間に売り飛ばせという主張に拍車がかかります。

クラインを驚かせたのは、このようなことを公然と認める経済学者たちの発言が、たくさんの文献に残されていたことでした。自由市場経済を提唱する高名な経済学者たちが、急進的な市場経済改革を実現させるには、大災害が不可欠であると書いているのです。
民主主義と資本主義が矛盾することなく、手を携えて進んでいくというのは、現代社会における最大の神話ですが、それを唱導してきたまさにその当人達が、それは嘘だと告白しているのです。
この事実をふまえて、この数十年の歴史を振り返ってみることは、私たちがいま、どうしてここまできてしまったのかを理解する大きな手がかりとなるでしょう。

(転載貼り付け終わり)

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The Shock Doctrine の本のウェブサイト
http://www.naomiklein.org/shock-doctrine

●要約(Summary)のページ
http://www.naomiklein.org/shock-doctrine/the-book

(転載貼り付けはじめ)

The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism

In THE SHOCK DOCTRINE, Naomi Klein explodes the myth that the global free market triumphed democratically. Exposing the thinking, the money trail and the puppet strings behind the world-changing crises and wars of the last four decades, The Shock Doctrine is the gripping story of how America’s “free market” policies have come to dominate the world-- through the exploitation of disaster-shocked people and countries.


At the most chaotic juncture in Iraq’s civil war, a new law is unveiled that would allow Shell and BP to claim the country’s vast oil reserves…. Immediately following September 11, the Bush Administration quietly out-sources the running of the “War on Terror” to Halliburton and Blackwater…. After a tsunami wipes out the coasts of Southeast Asia, the pristine beaches are auctioned off to tourist resorts.... New Orleans’s residents, scattered from Hurricane Katrina, discover that their public housing, hospitals and schools will never be reopened…. These events are examples of “the shock doctrine”: using the public’s disorientation following massive collective shocks – wars, terrorist attacks, or natural disasters -- to achieve control by imposing economic shock therapy. Sometimes, when the first two shocks don’t succeed in wiping out resistance, a third shock is employed: the electrode in the prison cell or the Taser gun on the streets.

Based on breakthrough historical research and four years of on-the-ground reporting in disaster zones, The Shock Doctrine vividly shows how disaster capitalism – the rapid-fire corporate reengineering of societies still reeling from shock – did not begin with September 11, 2001. The book traces its origins back fifty years, to the University of Chicago under Milton Friedman, which produced many of the leading neo-conservative and neo-liberal thinkers whose influence is still profound in Washington today. New, surprising connections are drawn between economic policy, “shock and awe” warfare and covert CIA-funded experiments in electroshock and sensory deprivation in the 1950s, research that helped write the torture manuals used today in Guantanamo Bay.

The Shock Doctrine follows the application of these ideas through our contemporary history, showing in riveting detail how well-known events of the recent past have been deliberate, active theatres for the shock doctrine, among them: Pinochet’s coup in Chile in 1973, the Falklands War in 1982, the Tiananmen Square Massacre in 1989, the collapse of the Soviet Union in 1991, the Asian Financial crisis in 1997 and Hurricane Mitch in 1998.

(転載貼り付け終わり)

(翻訳貼り付けはじめ)

翻訳者:古村治彦 2011年5月4日

『ショック・ドクトリン:危機・惨事利用型資本主義の出現と勃興』

著書『ショック・ドクトリン』の中で、ナオミ・クラインは、「世界を席巻する自由市場は民主的な大勝利を収めた」という神話に対して厳しい批判を加えている。クラインは、過去40年間に起こった世界を根底から変えてしまう危機や戦争の裏には、お金が動き、操り人形を操る人々が存在するという考えを出発点にしている。
そして、『ショック・ドクトリン』の中で、クラインは、アメリカが、様々な自然災害、危機や惨事を利用して世界中の人々や世界各国にショックを与えることで、「自由市場」志向政策をどのように世界に拡大させて、支配的な政策にしていったかを赤裸々に書いている。

イラクの内戦において最も混沌とし先行き不透明な時期に、イラク国内で一つの新しい法律が通った。その法律は、石油会社のシェルとBPに、イラクの豊富な石油資源にアクセスすることを認めるという内容だった。
911同時多発テロ事件の発生直後、ブッシュ政権は「テロとの戦い」の遂行をハリバートン社とブラックウォーター社に丸投げした。
2004年に東南アジアを大津波が襲った。津波が全てを流してしまった後、何もなくなったビーチは観光リゾート用に切り売りされオークションにかけられた。ニューオーリンズ市民はハリケーン・カトリーナに襲われ、散り散りになった。彼らはニューオーリンズに戻りつつあるが、ニューオーリンズでは市営住宅、公立病院、公立学校がいまだに再開されていないし、再開される見込みもなくなりつつある。
こうした事例は「ショック・ドクトリン」の具体例である。「ショック・ドクトリン」とは次のようなものだ。

多くの人々は戦争、テロリストによる攻撃、自然災害といった集団で受ける大きなショックの後に、物理的にも精神的にも方向性を失う。その状態を利用して、経済的なショック療法を用いて、人々をコントロールするというものだ。
1回や2回のショックでは完全なコントロールが達成できずに抵抗されることもある。その場合は3回目のショックを与える。刑務所で看守が持っている電気ショック棒や多くの人々が携帯しているスタンガンを想像してみたら分かりやすいだろう。

ナオミ・クラインはこれまで行われてこなかった切り口での歴史研究と災害や危機に見舞われた地域での4年間のジャーナリスト活動の成果を基にして、『ショック・ドクトリン』を書きあげた。
『ショック・ドクトリン』で明らかにしているように、危機・惨事利用型資本主義は2001年9月11日に始まったものではない。ちなみに危機・惨事利用型資本主義では、目端の利く企業は社会を自分たちに有利になるように再設計がショックな出来事を利用する。

この本では、危機・惨事利用型資本主義の起源を50年前に求めている。その時代、シカゴ大学ではミルトン・フリードマンが大きな力をふるっていた。フリードマンの影響下のシカゴ大学からは数多くのネオコン、ネオリベラルの思想家たちが巣立っていった。
彼らは現在でもアメリカ政治に大きな影響力を持っている。経済政策、「衝撃と恐怖」をもたらす戦争、1950年代にCIAが資金提供をした、電気ショックと感覚遮断に関する実験の間には、驚くべきつながりがあることがこの本で明らかになった。
ちなみにこうした実験で得られた結果を利用して拷問のマニュアルが作成された。このマニュアルは今日でもキューバのグアンタナモ基地で収容されているテロリスト容疑者たちの拷問に利用されている。

『ショック・ドクトリン』で展開されている主張は現代史を見ればその正しさは明らかだ。現代史において私たちが良く知っている事件や出来事を詳細に見ていくと、そこにはショック・ドクトリンが使われていることが明らかである。
そうした出来事や事件としては、1973年のチリで発生したピノチェト将軍によるクーデター、1982年のフォークランド紛争、1989年の天安門事件、1991年のソビエト連邦の崩壊、1997年のアジア通貨危機、1998年に発生し、ホンジュラスに大きな被害をもたらしたハリケーン・ミッチが挙げられる。

(翻訳貼り付け終わり)

副島隆彦拝


(全体引用終了)

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